はじめに

ここ数年、「AI（人工知能）」という言葉を耳にしない日はありません。
医療者にとっても同じです。学会でのシンポジウムには「AI時代の医療」といったテーマが並び、製薬企業の広告や院内研究会のスライドにも「AI解析」という文字が当然のように登場するようになりました。さらに、診療の現場でも「AI搭載の読影支援ソフト」や「AIを用いた文献検索サービス」を触る機会が出てきています。

しかし冷静に振り返ると、「AIって結局何？」と聞かれたときに即答できる医療者は多くありません。
「機械が人間みたいに考えるんでしょ？」という漠然としたイメージにとどまっていると、過大評価や過小評価につながり、導入や運用の判断を誤りかねません。

この初回では、AIとは何か、その定義や基本的な区分を整理します。そして、なぜ医療者にとってAIの理解が重要なのかを、現場に即して考えてみます。

1. AIの定義をつかむ

AI（Artificial Intelligence）を簡単に表すなら、「人間の知的な作業をコンピュータで自動化する仕組み」です。
ここでいう「知的な作業」には、たとえば次のようなものがあります。

画像や音声を認識する
言語を理解し、会話や要約を行う
データの中からパターンを発見する
不確実な状況で意思決定を行う

このように、AIは「人が頭を使って行っていたことを、機械に肩代わりさせる技術」の総称です。

定義の違い

研究者や分野によって、AIをどう定義するかは微妙に異なります。

合理的エージェントとしてのAI
　環境から情報を受け取り、目的達成に向けて合理的に行動する存在。
人間の知能を模倣する仕組みとしてのAI
　人間の知覚、推論、学習をコンピュータで再現しようとする考え方。
実用的な定義
　「これまで人が知的にやっていたことを、ある程度自動化できればAIと呼んでよい」という柔軟な立場。

つまりAIとは「知能そのもの」ではなく、知的作業を計算機に実装した仕組みだと考えると現実的です。

2. 弱いAIと強いAI

AIはしばしば「弱いAI（Narrow AI）」と「強いAI（General AI）」に分けられます。

弱いAI
　特定の課題に特化したAI。現在、実際に使われているのはすべてこちらです。
　例：胸部X線から肺炎を検出するAI、糖尿病網膜症スクリーニングAI、電子カルテ要約AI。
強いAI
　人間のように幅広い課題を柔軟に解決できる汎用知能。まだ存在していません。

👉 医療者が現場で触れているのは常に「弱いAI」です。
「AIが医師を置き換える」という刺激的な言葉が踊りますが、実際には「狭い領域で特化した力を発揮する専門職人」と理解するのが妥当です。

3. シンボリックAIと学習ベースAI

AIには大きく二つのアプローチがあり、それぞれ特徴と弱点があります。

シンボリックAI（記号処理型）

人間の知識をルールや論理として記述し、推論で結論を導く。
説明可能性が高く、なぜその答えに至ったかを追いやすい。
ただし知識の入力・更新に膨大な手間がかかり、曖昧な現実に弱い。

学習ベースAI（機械学習・深層学習）

データからパターンを学び、分類や予測を行う。
膨大なデータがあるほど性能が伸び、例外の多いタスクに強い。
一方で「なぜそう判断したか」が説明しづらく、データの偏りに敏感。

👉 医療現場では、この二つが補完的に用いられます。
たとえば「AIが画像から候補を検出し、その候補がガイドラインの定義に当てはまるかをルールで補う」といった組み合わせです。

4. 日常生活に潜むAI

AIは医療の外でもすでに生活を支えています。

スマートフォンの顔認証
音声アシスタント（Siri, Alexa, Google Assistant）
ネット通販や動画配信のおすすめ機能
ナビアプリの渋滞予測や経路選択

つまり、私たちは無意識のうちに「AIに囲まれた生活」を送っています。
この延長線上に「医療におけるAI活用」があると考えると、過度な警戒感は不要です。

5. 医療現場でのAIの位置づけ

AIは医師を置き換えるものではなく、医療者を支える補助役です。

具体的な期待シーン

診断支援：放射線画像で異常候補を提示、病理標本の分類を補助。
業務効率化：カルテ要約や検査結果の自動整理で書類負担を軽減。
研究支援：大規模データを解析し、仮説生成や文献要約を高速化。

AIが得意なのは「大量データの処理」や「繰り返し作業」です。
一方で「不確実な状況での総合判断」や「患者との対話・合意形成」は苦手で、そこは人間の役割です。

想像できる現場シナリオ

例えば放射線科。画像件数の増加で読影負担が大きい中、AIが候補をハイライトすることで、医師は効率的に読影を進められます。しかし「どの異常が臨床的に意味を持つのか」を決定するのは医師です。
あるいは総合診療外来。患者の既往歴や検査結果をAIが自動で要約して提示すれば、医師は短時間で全体像を把握できます。けれど「次に何を優先すべきか」を決めるのは、やはり人間の医療者です。

6. 医療者がAIを学ぶ意味

ここで重要なのが、医療者自身がAIを学ぶ理由です。

1. 過大評価を避ける
　AIを「魔法の箱」と誤解すると、リスク管理を怠りかねません。誤診や不適切な判断が起きても「AIが言ったから」で済まされないのです。

2. 過小評価を避ける
　逆に「ブラックボックスだから危険」と拒絶してしまうと、業務効率化や診療支援の恩恵を受けられません。

3. 正しく活用するため
　課題設定、データの質、安全な運用体制。この三つを理解すれば、AIは現場で確実に役立ちます。

👉 医療者に必要なのは「専門家になること」ではなく、AIの正体を理解し、正しい位置に置く力＝AIリテラシーです。

7. よくある誤解を解く

AIにはいくつか根強い誤解があります。

「AIは万能」
　→ 実際は確率的な予測にすぎず、訓練データと違う環境では性能が急落します。
「AIで医師不足が解決する」
　→ 実際には「負担の位置」が移動するだけ。説明責任や患者対応は残ります。
「ブラックボックスだから使えない」
　→ 説明可能性（XAI）の工夫や、入力・出力の透明化で実用上は十分に対応可能です。

こうした誤解を解きほぐすことが、AIを安全に活用する第一歩です。

まとめ

AIとは「人間の知的作業をコンピュータで担わせる仕組み」であり、現実に利用されているのは特化型の「弱いAI」です。
シンボリックと学習ベースという二つの系譜を持ち、医療では両者を組み合わせて使うことが可能です。
AIは医師を置き換える存在ではなく、補助役として現場を支えます。
そして医療者がAIを学ぶのは、過大評価も過小評価もせず、正しい位置に置くためです。

この連載を通じて、AIを「漠然とした流行語」から「現場で正しく使える知識」へと変えていくことを目指します。

次回は「人工知能の誕生と初期研究」と題し、チューリングの問いとダートマス会議を取り上げ、AIという概念がどのように立ち上がったのかを見ていきます。